変化への慣れ

久しぶりにブログを書きます。

 

この数ヶ月で世の中にも自分の周りにも多くの変化がありました。何から書いていいか迷いますが、例によって思いつくままに書いてみようと思います。

 

◆変化への慣れ

コロナの影響で何事も予定通りに進まなくなりました。今はどこも同じですよね。自身の仕事もオンラインに切り替えることにし、公私ともに約束事のキャンセルや変更が多くありました。3月〜4月上旬がピークで、緊急事態宣言と休業要請・補償の指針が打ち出されてからはようやく少し落ち着いてきました。

 

GW期間に入ったことも大きいですが、ここにきて周りの空気感も変わってきたように思います。変化を受け入れるというか、先のことはどうなるか分からないけど、今できることをしていこう、という風にです。

 

以前から予定通りに進み「すぎる」ことには違和感がありました。夏休みが終わったらハロウィン、ハロウィンが終わったらクリスマス。イベントやお祭りを乗り継ぐように世の中(の一部)が進んでいき、それが年々加速しているように見えました。

 

以前に水野しずさんの以下の記事(最後の方だけ有料記事ですが、途中まででも要旨は分かると思います。)を読み、今(厳密には少し前)の世の中の見方について共感するものがありました。

 

note.com

⑵経済的合理性を追求しているので予測不可能なゆらぎが発生し難く、偶然性や不確定な要素は排除される力場が発生する。また既に有利な条件を獲得しているものほど、より有利な条件を獲得しやすい為、変動が起きづらい。

 

ちなみに上記は昨年の12月の記事で、コロナとは全く関係ないです。僕が特に共感したのは、効率化や合理性に反して、もっと個人の信念に従っていいし、むしろそういう生き方を選ぶ人が有利になる時代がくるのではないか、という部分です。

 

たまたまコロナがこのタイミングで発生したのでリモートワークなどが一気に普及しました。そうした形だけでなく、価値観を含めた時代の移り変わりを感じます。怪我の功名、を今口にすると楽観的すぎますが、そういう巡り合わせもあるんだなとは思いました。

 

 

一部の仕事先やスーパー、近所の公園くらいしか移動をしておらず運動不足気味だけど、僕はなんとかやっています^_^ 

 

今回は変化への慣れ、というタイトルで書きました。慣れたと思って油断していたらそれを覆す変化が起こることも少なくないです。 別居ではあるものの高齢になりつつある両親もいますので、気を抜かず対策していきたいです。