あけましておめでとうございます/実家から

 正月で実家に帰ってきている。彼氏は帰省しない人なので、ひとりアパートに残してしまうことを申し訳なく思いつつ、でも家族の前に顔を出しておきたくて盆正月には帰ることにしている。

 

両親や兄弟、弟夫婦も皆元気そうだった。つい当たり前のように感じてしまうけど、今年も無事年を越せたことに感謝した。

 

 

実家で約半年ぶりに二つ年上の兄と話した。兄はひとり暮らしを経て今実家から勤務先に通っている。学生時代に柔道をやっていたこともあり体つきががっしりしていて、弟の僕とは違って落ち着いた性格だ。

 

中学に上がる前まではわりと仲の良い兄弟だったと思う。ゲームで対戦することはしょっちゅうだったし、プラモやミニ四駆をやったこと、水泳教室に毎週いっしょに通っていたこと、こうしてわざわざ列挙するまでもなく歳の近い兄弟らしくよく遊んだ。

 

ただ、思春期の頃に会話した記憶はほとんどない。

 

兄に限らず僕が家族に対して心を閉ざしていたことが原因だった。学校生活のことやセクシャリティの悩みなど色んな葛藤があり、家族に対して素直に接することができない面はあっただろうし、父の仕事などですれ違い夫婦喧嘩が多かった両親への抵抗の気持ちもあったかもしれない。今となっては「そんなこともあったなあ」と笑い話にされているけど、高校の終わり頃まで家族の誰ともまともに口を聞かなかった。

 

話ついでに少し本筋(兄との話)から逸れるけど、僕は今でも家族に対して若干の後ろめたさがある。彼氏との暮らしについては過去のことも今のことも全く話していないし、その途中に結婚・離婚を挟んでいるが「本当のところ」については隠したままだ。(結婚についてブログに書くことと、家族へのカミングアウトは同じ時期になるかもしれない、と最近考えている。)

 

もつれさせてしまった糸を少しずつ解いているつもりでいる。このブログもその作業の一環だ。はてなのゲイブロググループからも抜けてほとんど私信のような内容になってきているけど、人の目をあまり気にしなくて済む分、少しずつ結婚の話について書き溜めることができてきている。 

 

兄の話に戻す。兄はここぞという場面でいつも僕に勇気をくれる。僕がそれまでの仕事を辞めて海外に行くと決めたとき、結婚の報告をしたとき、父が病気になり生死の間をさまよっていたとき。いつもそこには頼りになる兄がいた。言葉は少ないながら行動で僕の背中を押してくれることが多くあった。

 

今日、夕飯の席で母と兄の3人で話していたとき、カミングアウトのことが頭をよぎった。全然そんな気がなく帰省したものの、いざ3人で話していたら自然と今伝えてもいいのかもしれない、という気になった。そのことを考えていたら不自然に相槌ばかり打つ時間になり、兄に「眠いのか?やけにおとなしいけど」と言われてしまった。

 

「いやいや、大丈夫」と返してその場は終わった。自分の中では一歩進んだというか、家族の前でそういう感覚を持てたことが嬉しかった。同時に自分の勇気が足り切らないことに一瞬落胆もしたけど、そうやって自分を責めるのはやめよう、とブログを書きながら思った。

 

ほとんど立てたことのない抱負を今年は立ててみた。兄のように行動で語ること。できるかな。まあぼちぼちやってみよう。

 

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。