書き始めて1年

ネットに文章を書き始めてから1年ほど経ちました。

 

以前はnoteで書いてました。(今も気まぐれにスマホで撮った写真をアップしてます。)

 

 

30代ゲイ、名古屋で彼氏と二人暮らしをしています。結婚・離婚歴あり。(この辺りの話をブログで書いてる途中です。)

 

◆書く目的は変わる

書き始めたときの目的は、

1)普段周りには言えないことを書いてストレスを発散すること

2)クローズドな世界から少しずつ抜け出すこと

*2はちょっと格好つけた。1が9割

でした。

 

以前とある先輩ゲイブロガーとメールをしていて、「文章を書いていると、誰に向けて書いてるとか、文章を書く目標とかコロコロと変わってくると思います。」と言われたことがある。

 

ちょっと書くのが気恥ずかしいけど、フランクルの「それでも人生にイエスと言う」にも似たようなことが書かれていた。

 

フランクルはナチスの強制収容所を生き抜いた精神科医です。

それでも人生にイエスと言う

それでも人生にイエスと言う

 

 

人生が私たちに出す問いは、たんに、そのときどきに応じてちがったものになるだけではありません。その人に応じてもまたちがったものになるのです。人生が出す問いは、瞬間瞬間、その人その人によって、まったくちがっています。

 

本の中で度々「人生は私になにを期待しているか」という言葉が出てくる。言ってみればそれが生きる目的ってことだけど、それは瞬間によって人によって全然異なるってことだ。

 

生きる目的と書く目的を結びつけるとかなり大げさに聞こえるけど、わざわざ仕事や日常の合間にこうやって発信しているくらいだから、少なくとも自分にとって書くことは(今の)生きる目的の一部になっていると言っていい。

 

目的は瞬間瞬間で変わるわけだから、1年も経てば大きく変化している。

 

今は、日常生活で必要以上に自分を偽ったり守ったりすることなくやっていきたいなと思っている。こうやってブログに書いて、少なからず誰かに読んでもらっているとその勇気が湧いてくる。つまり、1年前に書いた「2」の方が大きくなってきている。

 

以前よりもカミングアウトについて考えることが増えた。あんまり年齢で人を見ないようにしているけど、カミングアウトへの自然な姿勢は20代や年下の柔軟な世代に学ぶことが多いと感じている。


自分も含む30代って「周りの人に知られたら終わり」とゲイであることをひた隠しにしてきた人が多くて、なまじそれを前提に家族や職場の人間関係を築いてきたからか、時代の変化に気付きつつも「今さら後には引けない」人が少なくないんじゃないかと思っている。

 

年下世代と話していると、「誰もそんな見てないですよ」っていう肩の力が抜けた感じがあって、それもそうだねという気持ちになる。

 

◆深夜2時のテンション

そろそろ終わりにするけど、ブログに書くといつも深夜2時みたいなテンションになりがちです。いきなり三次会というか。実際に会ったらやばい奴と思われそうだけどたぶん逆で、大半の時間は仕事して、飯食って、散歩して、って至ってふつうに暮らしてます。ブログか何かのきっかけで会ったとしてもいきなり心情を吐露したりはしません。笑

 

この前の日曜は映画の「蜜蜂と遠雷」を彼氏と見て、イオンで晩ごはんを食べてきた。ただ、そういう「○○見た」、「○○食べた」という文章は大抵誰かが書いてくれているので、自分が書かなくてもいいなと思うことが多いだけだ。結果、ブログに書くのはこういう文章になる。

 

これからも目的やら何やら変わっていくと思いますが、よろしくお願いします。