生活の話①

二十歳くらいの頃、日頃の不摂生がたたって心身ともにボロボロになったことがある。

 

当時は「なんで俺が?」と思っていた。だけど、今考えれば当たり前のことだった。その頃自分はかなり「いい加減」に生きていた。自分を大事にしていなかった、と言い換えてもいい。

 

ゲイカップルの漫画(たぶん説明不要)「きのう何食べた?」の13巻、主人公のシロさんが言った台詞で、

俺は俺のために俺を大事にするぞ!

というのがある。

昔の同級生の葬儀に出席した後、家族に囲まれて亡くなった旧友と自分を比べて「いてよかったと思う孫も、残して心残りの妻子もいないけど」という前置きに続く台詞だ。

 

きのう何食べた?(13) (モーニング KC)

きのう何食べた?(13) (モーニング KC)

 

さーて

いて良かったと思う孫も

残して心残りの妻子もいないけど

俺は俺のために俺を大事にするぞ!

健康のためにも今日は魚料理にしよう!

 

今でこそこの言葉は刺さる。でも当時の僕だったら「いてよかったと思う孫も、残して心残りの妻子もできないから」 → 「自分を大事にしません」という言い訳をしていたと思う。

 

パートナーや友人、仕事の仲間などの支え合う関係がある今、自分を大事にしようと自然に思えるようになった。そういう人たちと出会えたのはラッキーだった。あのまま腐っていたら出会えなかったとも思っている。 

 

自分だいじに

今は心身ともに健康で(人並みに波はあるけど)、昔よりは自分自身に気を遣えるようになってきたと思っている。ドラクエの作戦で言うところの「いのちだいじに」を自分に下せるようになった。ただ、油断すると元の木阿弥ということもあるだろうから、ここまでの過程を備忘録としてブログに書いておくことにする。

 

自分一人でできることはたかが知れているし、もっといい方法や「自分はこうしてる」という話があったらメールやコメントをいただけたらとても嬉しいです。

 

 

まともな生活

自分を大事にするってことは「生活する」ことと関わってくる。

 

「いやいや、生活はみんなしてるじゃん」と思うかもしれないが、少なくとも当時の僕はまともに生活しているとは言えなかった。

 

試しに生活の意味を辞書で引いてみると幅広い。

 

    1.  生きていること。

    1.  人が世の中で暮らしていくこと。

    1.  収入によって暮らしを立てること。

    2. (一部略) 

 

当時の僕は2が怪しくて、3ができていなかった。外面を取り繕うことはできたので、世間的には2もできていて3は大学を卒業してこれからだな、ってところだったかもしれない。でも、実際は世の中で暮らしている自分の姿は半分仮面を被っていたわけで、自分の居場所があまりなさそうな世の中でこれからどうやって暮らしていこう?と考えていた。そのイメージができない中で、3の働いて暮らしを立てる必要性は感じにくかった。

 

衣食住、働くこと、余暇、コミュニケーションなど、生活について書こうと思ったら色々とネタは尽きそうにない。まずはその中でも「歩くこと」について書こうと思う。今日はもう時間切れなので触りだけ書いておいて、続きは次回にする。

 

生活のはなし②「歩く」

今からすごく当たり前のことを書くけど、歩くと気分が上向くし健康に良い。ここに議論の余地はなさそうだ。

 

習慣的に歩いている人はこの文を読むまでもないしすでに回れ右していると思うので、そうではない人と昔の自分に向けて書く。何か理由があって歩くことができない場合は別として、単に歩いていないだけならまずは記録をつけてみるだけでもいいと思う。

 

自分は1日2000歩以下の日がざらにあった。時に700や900なんて日もあって正直ひいた。車移動が多かったこと、社会人になってからもデスクワークが多かったことが理由として思いつくが、それにしてもひどい。

 

わざとらしくなるしいくらでも情報は調べられると思うので、ウォーキングの効果については今回は書かない。次回「歩くこと」についてもう少し続きを書く。今までに試したウォーキングのアプリなどについて書くつもりでいる。